妄想をできる人が活躍できる社会が来る?

日々の生活の中で皆さんはどれくらい妄想をしているでしょうか。おそらく妄想などしないという方がほとんどだと思います。社会の中で活動をしていると目の前の課題をこなすことに手一杯で妄想などする余裕もないと思います。

私自身ビジネスコンサルタントという職業柄、目の前の課題を解決することこそ自分の本分であると信じ切って妄想するということをほとんどしてきませんでした。

ですが、暦本純一氏の「妄想する頭 思考する手」を読み、これからの時代、妄想する力こそ求められてくるということを痛感しました。さらに言えば、妄想する力がなければ、競争に生き残れないとまで思います。

求められる妄想的思考力

なぜ妄想する力が求められるのか。(※ここでは妄想的思考力と呼びます。)下図は今まで求められた思考力とこれから求められる思考力を表現したものです。下記で詳述します。

機能価値・経験価値の充実

従来、商品やサービスは人が抱える困りごとを解決する(機能価値という方向性で検討がされてきました。例えば、長距離の移動には時間も労力もかかるという困りごとを解決するために自動車が開発されました。今ある困りごとから解決策を考えることは比較的シンプルにできます。困りごとから課題を出し、その課題を解決するための手段を論理に従って導けば良いのです。ここで求められる考え方が論理的思考力です。

次に、商品やサービスは人にとってより快適に利用できる(経験価値ように改善がされてきました。自動車であれば、カーナビゲーションシステムや自動運転技術の実装が該当するでしょうか。これは、長距離の移動に時間・労力がかかるという困りごとをより快適に解決しようとする試みです。これには、どうすれば人間が快楽を感じるか、という必ずしも論理的に導くことができない点を考えなければなりません。ここで求められる考え方がデザイン思考力です。

上記の2つの考え方は、商品・サービスの事例の蓄積、人間心理学、技術の発展により、ある程度枠組みが整理されてきたと思います。すなわち、機能価値、経験価値というのは現代社会において充足されつつあり、人はこれらの価値にありがたみを感じなくなってきています

未体験価値への欲求

そこで求められるのが未体験価値だと考えています。これは文字通り今までに体験したことのない価値を表しており、機能価値や経験価値の延長ではない価値です。

例えば、私はNARUTOの影分身の術に憧れを抱いています。分身することができるという点も非常に魅力的なのですが、何より分身が経験した内容を本体に還元することができるという点が素晴らしいと思います。自分の分身を会社や自宅、その他色々な場所に配置し、仕事をしたり、遊んだり、勉強したりとそれぞれが違うことを行い、最終的にはその経験を本体に還元すれば、短時間で色々な経験を行うことができるのです。このようなことが実現できれば、仕事や遊びのために本体が移動する必要もないので、結果的に「長距離の移動には時間も労力もかかる」という困りごとも解決するのです。(分身をどのように移動させるのかという課題は残りますが)

このように未体験価値というのは今ある困りごとから導出するのではなく、突拍子もない妄想から生まれる価値だと考えています。なんとなく「~したいな」という考えが、結果的に様々な困りごとの解決に役立つというものが未体験価値です。誰かの役に立つとか、誰かが喜ぶとか、そのような点は一切考慮する必要はないのです。そして、ここで求められるのが妄想的思考力です。

妄想的思考力が求められるのは、機能価値、経験価値が充足されつつあるという点と、機能価値、経験価値を導出する論理的思考、デザイン思考は誰にでもできるという点があるからです。誰にでもできるというと少し言いすぎですが、ある程度事例が蓄積し、方法論が整理されてきており、論理的思考力、デザイン思考力が差別化の要因とならなくなって来ているのです。そのため、他者との競争に勝つためには、自分の中にしかない妄想的思考力を磨いてく必要があるのです。

妄想的思考力を磨くために

では、妄想的思考力を磨くためにはどうすれば良いか。必ずしも正解というわけではないのですが、機能価値、経験価値を超えた発想をしやすくするための方法を紹介したいと思います。

1人で考える時間を増やす

まず、1人で考えるということが重要だと思います。

何かアイデアを出すときには、ブレインストーミングなどを行い、他人と意見交換を行うことがあると思います。ブレインストーミングには、他人のアイデアを批判しないというルールがあり、自由な意見が出やすいと考えられていますが、実際はそうではないと思います。他人の目があることによって、無難な意見を出そうという思考が働いてしまい、結果的に現実的で面白みのないアイデアの出し合いに終わってしまいがちだと思います。

妄想的思考力を磨くためには、まずは他人の目がない自分自身の心の中で、じっくりと考えを巡らせることが重要になると思います。

興味のない分野にも触れてみる

妄想を行うにあたっても情報をインプットすることは非常に重要です。しかし、自分の興味のある分野や得意領域の知識ばかり増やしても面白いアイデアは生まれません。自身の既知の領域の知識だけでは、既に実現されているアイデアや、他の人も容易に思いつくようなアイデアしか出てきません。なので、他の分野、特に自身が興味を持ってこなかった分野の情報をインプットすることで、より新しい発想を行うことができると思います。

なので、自分自身の興味がある分野の知識を増やすだけでなく、興味のない分野(ビジネス、学問、文化、娯楽、サブカルチャー等)の知識も意識的に取り入れることが重要だと思います。

自分の身近にいない人と交流する

上記に関連する点ですが、自分の身近にいない人、普段一緒に仕事をしない人、活動領域が異なる人と付き合うことも重要です。仕事や趣味の中では、特定の人、特に自分と考えや志向が似ている人と付き合うことが多いと思います。自分自身と共通点の多い人と付き合うことは非常に居心地が良いという側面がある一方で、新しいものを生み出しにくいという側面もあります。当然そのような人は自分自身と同じような考え方を持っているからです。

なので、自分自身とは全く異なる経歴を持ち、全く異なる領域で活動する人と付き合うことで、自分自身とは全く異なる発想に出会うことができます。私は頻繁に読書会に参加しているのですが、そこでは自身とは出身も職業も年齢も全く異なる人と出会うことができ、会話することができます。そして自分自身が思いつかなかった新しい気付きを得ることができます。妄想的思考力を磨くためには、このように自分の身近にいない人と交流するという点も非常に重要になってきます。

実現手段は一旦無視する

最後に妄想をどのように実現するのかという実現手段は一旦無視をすることが重要だと思います。ビジネスの世界においては、事業をどのように実現するのか、実現できるのかという点を厳しく見られます。一方で、妄想において実現手段を考える必要はないと思います。もっと言えば、「実現できるのであれば既に誰かがやってしまっている」と考えます。実現できることを考えても面白みのないアイデアしか思いつかないでしょう。

勿論、実際に行動に移す際は実現手段をきちんと検討する必要がありますが、妄想し着想を得る段階では無視しても良いと思います。そうすることで、非常に自由で子供のような発想を行うことができます

まとめ

技術の発展により物質的な豊かさが向上することで、人間の欲求の水準はどんどん高くなっていると思います。もっと楽しいもの、もっと快適なもの、もっと面白いものを常に求め続けています。そのような欲求を満たすためには、今ある課題を解決するというだけでは足りず、より新しい発想が必要となります。そのためには、論理的思考力やデザイン思考力だけではなく、より突拍子もないアイデアを考える妄想的思考力が必要となります。社会に価値を貢献し続けるためには、論理的思考力、デザイン思考力だけでなく妄想的思考力を磨いていくことが重要になると思います。

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