近年、異常気象や災害などが多発し、様々な損害をもたらしています。被害に備えるため、損害保険の重要度が増しています。一方で、保険金支払いまでに時間がかかる、支払いが行われない、発生した損害額と保険により補償された金額にギャップがあるといった点が課題として挙げられています。
そのような課題の解決策の一つとして、パラメトリック保険(インデックス保険)が注目を集めています。
パラメトリック保険とは、補償を発動するイベント(トリガーイベント)や補償内容をあらかじめ定めておき、イベント発生時には、定められた一定金額の保険金を支払う保険のことです。これにより、保険金請求処理時間の短縮、より柔軟な補償、確実な保険金支払いを期待することができます。
本記事では、パラメトリック保険の市場動向、仕組み、ビジネスモデル、サービス例を紹介したいと思います。
パラメトリック保険の市場動向
市場規模
スイス・チューリッヒに本拠を置く保険会社Swiss Reによれば、グローバルのパラメトリック保険の市場規模は、2021年時点で117億米ドル、2031年までに293億米ドルまで成長する見込みです。
自然災害の増加
パラメトリック保険が注目を集めている要因の一つとして自然災害の増加が挙げられます。
世界気象機関(WMO:World Meteorological Organization)は2021年に、過去50年間で記録された自然災害は5倍に増加し、経済損失は7倍に増加したと報告しました。
パラメトリック保険の仕組み
パラメトリック保険の仕組みは、あらかじめイベント(事故や災害)のパラメーター(指標)とその閾値を設定し、そのイベントが発生した場合、パラメーターの閾値を上回った場合、あらかじめ設定された保険金が支払われるというものです。
保険契約締結時にパラメーター(指標)と閾値、保険金の額を設定
契約期間中にパラメーターに該当するイベントが発生
パラメーターが閾値を上回った場合、保険会社が保険金を支払う
パラメータの例としては以下のようなものがあります。
地震の場合 | 洪水の場合 | 旅行 | |
---|---|---|---|
指標 | 地震 | 水位 | フライト |
閾値 | 震度7 | 5メートル | 遅延・欠航 |
保険金 | 50万円 | 30万円 | 10万円 |
イベントが発生したか、パラメーターが閾値を上回ったかは、客観的なデータセットに基づき判断されます。データセットは独立した第三者機関(例:米国地質調査所、米国立ハリケーンセンター)の提供するものや保険会社が独自に作成するものがある。
通常の保険と比較した特徴は以下の通りです。
通常の保険 | パラメトリック保険 | |
---|---|---|
保険支払いのトリガー | 保険契約に定められた事故・災害等による損害の発生 | あらかじめ定めたパラメーターの閾値を上回るイベント(事故や災害)の発生 |
保険金 | 損害を調査し、実際に生じた損害額を保険金として支払い | あらかじめ定めた金額の保険金を支払い |
保険金の支払手続 | 損害の調査が必要であるため、時間を要する | 客観的なデータセットに基づき、機械的に判断されるため、スピーディー |
パラメトリック保険のメリット・デメリット
被保険者と保険会社のメリット・デメリットをまとめると下表の通りになります。
メリット | デメリット | |
---|---|---|
被保険者 | イベントの発生直後に保険金支払の手続を行うため、支払が迅速 パラメーターの閾値や保険金を柔軟に調整することができる 客観的なデータに基づき、保険金支払が判断されるため透明性が高い 保険会社との交渉が不要 | 実際の損害額と比べて支払われる金額が少なくなる場合がある |
保険会社 | 損害額の査定が不要であるため、査定にかかるコストを削減できる 保険金支払額が客観的な指標で判断されるため、モラルハザードの問題が起こりにくい(できるだけ損害を小さくしようとするインセンティブがはたらく) | 実際の損害額と比べて過大な保険金の支払が発生する場合がある 災害等のデータ取得のため費用がかかる場合がある |
ビジネスモデル
パラメトリック保険のビジネスモデルは、基本的には通常の保険のビジネスモデルと相違ないです。
被保険者と保険会社の間で保険契約を締結し、被保険者は保険料を支払います。損害発生時には保険会社があらかじめ設定したパラメーターと閾値の条件に合致するかを判定し、保険金を支払います。
保険会社が条件に合致するか判断するため、第三者機関よりデータを取得する場合、データ利用料などが発生する可能性があります。
サービス例
地震
Jumpstart(米国)
Jumpstartの地震保険では、パラメーターと閾値を次のように定め、補償を行います。
パラメーター | 表面最大加速度(peak ground velocity) |
閾値 | ワシントン州・オレゴン州:秒速20cm以上 カリフォルニア州:秒速30cm以上 |
保険金 | 個人向け:$10K 中小企業向け:$20K |
第三者機関である米国地質調査所によって測定されたデータに基づき、条件を満たしたかどうか判断されます。
地震が発生し、条件を満たす地域に所在していた人にテキストメッセージが自動で配信され、保険金が必要だと返信すると即時に受取ができます。
東京海上日動火災保険(日本)
東京海上日動火災保険では、国内初のパラメトリック保険として「地震に備えるEQuick保険」を提供しています。パラメーターはすべて震度ですが、保険金は閾値、プランによってそれぞれ設定されています。
エコノミー | スタンダード | プレミアム | |
---|---|---|---|
保険料 | 2,400円/年 | 4,800円/年 | 9,600円/年 |
パラメーター | 震度 | ||
閾値:保険金 | 震度7:20万円 震度6強:5万円 震度6弱:- | 震度7:25万円 震度6強:10万円 震度6弱:5万円 | 震度7:50万円 震度6強:20万円 震度6弱:10万円 |
震度は、気象庁が公表する、市区町村単位の震度情報「震源・震度に関する情報」に基づき判定されます。
地震発生後、保険金受取に関する案内メールが届き、住所、保険金受取口座の確認を行うと、最短3日で保険金を受け取ることができます。
洪水
FloodFlash(英国)
FloodFlashでは、洪水に関するパラメトリック保険を提供しています。川の水位が〇〇メートル以上になったら保険金が48時間以内に支払われるという仕組みです。
パラメーター | 川の水位 |
閾値 | 個別設定 |
保険金 | 個別見積 |
同社は独自の高精度のセンサーを保有しており、洪水のたびにデータを分析し、価格設定にフィードバックを行っているとのことです。
サイクロン・ハリケーン
Descartes Underwriting(仏)
Descartes Underwritingは、サイクロンに関するパラメトリック保険を提供しています。各パラメーターや閾値に関しては個別に設定・見積がされているようです。
2022年2月には、オーストラリア・シドニー拠点の熱帯サイクロンリスク分析会社Reaskと提携しました。
Aura Underwriting
Aura Underwriting(英国)は2022年6月に、ハリケーンに関するパラメトリック保険を提供しています。これは被保険者の所在位置からあらかじめ定義された半径(通常40マイル)と交差するハリケーンのカテゴリーに基づいて、保険金額が決定されます。
パラメーター | ハリケーンのカテゴリー |
閾値:保険限度額の支払率(%) | カテゴリー 1:0% カテゴリー 2:0% カテゴリー 3:20% カテゴリー4:40% カテゴリー5:100% |
海外旅行
Assurant Japan(日本)
Assurant Japanは、2023年6月27日より「パラメトリック海外旅行ソリューション」を提供しています。現状では、「フライトの遅延・欠航」、「手荷物の遅延・紛失」という2つのイベントに対応しています。
フライトの遅延・欠航については、システムが世界中のフライト状況をリアルタイムにモ ニタリングして、フライト状況をパラメータとして遅延時間や欠航をトリガーに補償を即時に提供するというものです。
手荷物の遅延・紛失については、アップロードされた遅延証明書と手荷物管理システムを照合し、経過時間に応じて補償を即時に提供するというものです。
まとめ
パラメトリック保険の優位性は、支払いまでの期間が圧倒的に短いということでしょう。中小企業や個人にとっては災害発生時にお金がなくて困るということが多いと思います。普通の保険だと災害が落ち着いてからしか保険金が受け取ることはできませんが、パラメトリック保険であれば、被災している真っただ中に受取もできます。
今後、日本においても気候変動による自然災害が多発してくることが予想されますので、需要は増加してくると思われます。一方で、その際どのようなパラメーター・閾値を設定し、どのようなデータセットを用いて判断するかという課題の整理が必要でしょう。
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